ある冬の日のお話。
今日も薬局の閉店時間が、近づいていました。
忙しかったけれど、平穏に過ぎていった日。
でも薬剤師のオウギさんには、気になるものがありました。
彼は目の端に写り込む、ダンボールに視線を向ける。
薬局の隅に、ポツンと置いてあるダンボール。
今日の朝から置いてあるようでした。
“あんなのいつからあったっけ?“
オウギさんは朝、仕事を始める時から思っていました。
“備品でも注文していたんだろうか。俺が知らない間に?他の薬局スタッフは知っている?“
オウギさんはダンボールのことをずっと尋ねたいと思っていたのですが、忙しくて聞けずにいたら、いつの間にか閉店間際の時間になってしまったようです。
「患者に薬の有効期限について聞かれたらどうする?」
「は?」
今さっき気になっていたことが吹っ飛ぶくらい、唐突に質問してくるイチイさん。
「なんですか?急に」
「質問に答えよ」
イチイさんは質問の理由には、いちいち答えてはくれない人です。
「…はい。薬の有効期限を聞かれたら、ですね。たまに患者さんから聞かれます」
オウギさんは患者さんたちが話してくれたエピソードを、思い出しながら語り始めました。
“目に違和感がある“
“胃腸の調子が良くない“
など急に症状が出た時、患者さんたちは都度、薬箱を開けてみる。
薬箱の中を覗くと、薬をしばらく使用していなかったことに気づく。
そして彼らは思います。
購入してから時間が経過した薬を使用しても、問題ないのかどうか。
“薬って期限とかあるんでしたっけ?久しぶりに薬を使う場合、そういうの気にせず使っても大丈夫ですか?“
「この間は患者さんから、そう聞かれましたね」
後で買い替えようとは思うけれど、急に症状が出て今すぐ使いたい時とかは、一回くらい使っちゃってもいいかな、なんて思ってしまう人もいるようです。
「薬を捨てずに、使うというわけだな」
「そういう方もいるみたいですね」
「僕もそういえば学生の頃、そんな患者さんたちと同じようなことがあったなぁ」
オウギさんの後輩、チョウジさんが学生時代のことを語り始めました。
「こたつでゴロゴロしすぎたせいか、頭が痛くなって頭痛薬を飲もうと思ったんですが、薬箱の中にはなくて。ただ一つ見つけたんです。薬箱の中に誰かがPTP包装シートから落ちたのを、そのままにしていたであろう一粒の薬を」
「お前、その薬を飲んだのか?」
「いえ。頭が痛い時に薬を買いに出かけるのってしんどいですから、結構気持ち揺れましたけれど。でも一応我慢しました」
「あのさぁ、チョウジくん。実家、調剤薬局経営してんだろ?家にも薬を置いとけよ」
「へへ、ですよねぇ。でも無駄に置いておくのも嫌なんですよね」
「残薬も問題になっているしな」
続きます。