前回の話
基本、虫が嫌いなまゆさん。
昨晩見た“脳食い虫”というDVDの気持ち悪い内容を思い出して、イライラ中です。
そんなまゆさんの前に現れた女性。
窓の外から手を振っています。
「まゆちゃん」
「てんま。急にどうした?」
てんまさんを迎え入れようと扉を開けた途端、なんと蛾が部屋の中に入り込んで来ました。
蛾も大嫌いなまゆさんは、声も無く驚く。
「…………!!!」
てんまさんは無邪気に、蛾との出会いを語ります。
「ああ、あの子?
歩いてたらね。
あたしの傘に、雨宿りしに来たの」
「やっぱりみんな雨に濡れるのは、嫌なんだねぇ」
「家主の許可無く蛾を、連れて来るんじゃ無い」
そのまゆさんの様子に、恐怖を感じた蛾は、慌てて外に飛び出して行きました。
「お前って…
生物ならみんな好きなのか?
細菌も生物だけど?
万物全てを愛するのが優しさか?
お前は、そういうとこ悟空と一緒だよな」
早口で何やら口走るまゆさんに、ポカンとするてんまさん。
「あの男は見ず知らずの人間ばかり大事にして、自分に近い存在の事は、ほったらかしで構わない。そんな奴だ」
「う~ん、じゃあまゆちゃんはベジータ?
家族大事にしてるよね、あの人。
でもまゆちゃん、悟空好きじゃなかったっけ?」
「好きだからもどかしいっ」
「あたしもさぁ、どっちかって言ったらベジータタイプだと思うんだけどな」
「知らない人間に対する優しさは、薄っぺらなんだよな。お前はな」
「だからお前の感情も分かりにくい。
ホントは感情あるならもっと表に出してみろ」
「う~ん、そんなまゆちゃんみたいに、誰にでもゴリラみたいな態度とれるかなぁ?」
「誰がゴリラだっ」
まゆさんは、少し言い淀みながら話を続けます。
「てんまのそういう所…
薬剤師としてちょっとダメだと思うぞ。
繊細なタイプの患者さんには、気付かれる。
その患者さんの不安な気持ちに寄り添っている振り…」
「振り…?」
「自覚ないのか?」
何か言いたげに、ジッとまゆさんを見つめるてんまさん。
「…でも…
私にだって恐いものならありますよ」
「何?言ってみろ」
「今のカリカリしているまゆちゃん」
「…………はぁー…」
「アカシアのハチミツだよ。
今日はこれを届けに来たの。
でもまゆちゃん…」
「あ?」
「蛾の事は、ごめんね。
怖がらせちゃったんだよね」
「そう改めて言われると、あたしがビビりみたいじゃねえか」
「こないだね、ナメ江さんに会ったの。
電車の中で。
椅子に止まっている昆虫見て、怯えてた…………」
「アイツはビビりの権化みたいなもんだからな」
「子供の頃…
お友だちにカエルを持たせて、泣かせちゃったことがあったんだ。
そんなに怖がるなんて、夢にも思っていなかったから…
いくつになっても、おんなじ事を繰り返してたんだね。私って」
「全くその通りだな」
まゆさんはフォローするという事を知らないようです。
特に気にしてはいないてんまさんは、クッションの下に置いてあったDVDを取り上げる。
「あれ…虫の物語?」
「知ってっか?脳食い…
嫌いなんだよ、あの集団。
ゾッとする」
「ユスリカのことでしょう?」
「ユスリカ?脳食いの本名?奴ら血吸うのか?」
「ううん、あの子たちはね。
血を吸うために、集団で待ち伏せしているんじゃ無いの。
あれは女の子との出会いを待っている、男の子たちの集団なの」
「むさ苦しいな、おい」
「でもたった数日の命だよ?
そんなに毛嫌いしなくても…………」
「死の直前の奴に急に、優しくし出す奴か、お前は」
「それはまゆちゃんも優しくしてあげようよ。
あのね、ユスリカの赤ちゃんはね。
水質や土壌の状態を良いものに保ってくれてるの。
…ねぇ、どう?この情報」
「赤子のまま逝け」
「あとね」
「まだ言うか」
「大人のユスリカの死骸を吸い込むと、アレルギーになったりするの」
「ダメじゃねえか」
「いい所も悪い所もあるよ、誰だって、あるんだよ。…まゆちゃん」
まゆさんの事を、指でチョンとつつくてんまさん。
「…………そういうクッソみてぇな事を平気で言うところ。
しょうまにソックリな?」
てんまさんは、小さく微笑む。
「姉妹でお世話になります」
「はんっ」
ずっと二人のやりとりをハラハラしながら見ていたにゃこさんは、やっとホッとした気持ちになれたようです。