まゆさん、今日は朝からお仕事。
山に生薬を採取しに行きます。
「あ~眠い。
何時間寝ても朝は眠い」
「きゃ~まゆちゃんだぁ~~!!」
「!!?」
「にゃ~~~!!」
ぼんやり歩いていたまゆさんを、目覚めさせるくらい元気な声で近付いて来る人が…
そしてその後を小さき者が同じように、競うようにこちらに近付いて来る…
てんまさんとにゃこさんでした。
「あー!またにゃこちゃん出たっ」
「なんにゃよっ!」
朝から遊びに出ていたにゃこさんと、てんまさんがまたケンカごっこをしています。
「やめろっ。
朝からそのくだり…」
「へへへ。おはよう、まゆちゃん」
相変わらず笑顔だけは、知り合った当時から変わらないてんまさん。
昔は、すごい人見知りだったけど…
「ほんとにポ村に来て良かったなぁ。
あたしの喘息、ここにいると治った気になっちゃう」
嬉しそうにこちらを見つめるてんまさんは、ようやく懐いた可愛らしいねこのようです。
まゆさんが薬科大生だった頃ー。
「あ、あのねこ…」
(なんでねこって“こちらを振り向いて欲しい”と思う何かがあるんだろう)
「もう、まゆはねこちゃんに近付かないの」
同じ生物サークルの友人が、忠告してきました。
ねこちゃんとは大学に棲み着いている、警戒心の強いねこの事です。
「なんでだ?」
「ねこちゃんはね。
ガサツな人が苦手なの」
「……」
「あの子はさ。
アタシが、懐かせてみせるから」
まゆさんやてんまさんが入っていた生物サークルのメンバーは、生物が好きなだけあって、懐かないこのねこに興味津々。
誰もがいち早くそのねこさんと、仲良くなろうとしていました。
“生物が好き!だから生物の方からも好かれているはず。
そして好かれているって、皆にも思われたい”
そんな承認欲求を持つ人が、多いようです。
そのため大学に棲み着いている、懐かないねこさんの回りを、生物サークルのメンバーが入れ替わり立ち替わりあらわれる。
しかしそのねこの心を…
しかも一瞬で開かせたのはてんまさんでした。
「小さな声でモソモソねこと喋っとる」
てんまさんはねこさんだけでなく、虫とも植物とも気を許した感じで、遊んでいる…
そんな風に見えました。
「やば!蝶だ!粉かけてくんなっ」
まゆさんはねこさんではなく、チョウチョに懐かれてしまう。
「何してんの?まゆ」
「チョウチョに追われてるんだ!
知ってるか?
あの鱗粉が身体にかかると、溶けて死ぬんだぞ」
「なにそれ?
塩をかけられたナメクジ?
っていうか、まゆが走るから気流に乗って、くっついて来るんじゃない?」
「ぬ?」
ピタッと止まるまゆさん。
「所でまゆ、あの人って…」
あの人とは、てんまさんの事のようです。
「ん?」
「ねこには懐くんだね」
てんまさんが注目されたのは…
“懐かないねこさんの心を開いた”
という事だけで無く、てんまさんがねこに懐き、見たことのない顔で楽しそうにしていた所でした。
「まゆはあの人と話したことある?
どういう人?」
「話したことないよ。
同じ学年にいる“しょうま”ってのの姉だって話は聞いたけど。
ってかまず、お前がどういう人間かを分かってない」
「何でよ」
どういう人かは知らないけど、動植物が好きで人間と接するのは苦手なのは分かる。
そういうタイプは薬剤師に向かないと思うけど、何故か薬剤師には人が苦手なタイプが多い気がする。
薬剤師に向かないという点では、人のことは言えないけど…
ただあの“てんま”という人は愛想笑いが上手い。
人が苦手なのにその愛想笑いのせいで、逆に人を寄せ付けている。
そのてんまさんは、生物サークルの人々には懐かなかったねこさんをスケッチ。
警戒心が強いと思っていたねこさんは、てんまさんの前ではお腹を出して熟睡しているようです。
「めずらし…腹だして」
まゆさんは警戒心の強いねこさんの腹出し爆睡シーンを、気付かれないように写真におさめようとしました。
「こっそりこっそり…あ…」
(オナモミつけとる…)
ねこさんといえば、オナモミ。
(とってあげようかな?
起こしちゃうかな?
あ、“てんま”も居眠りしてる)
「ぎゃっ!」
ちょっかい出されると思ったねこさんに気付かれ、引っ掻かれる。
ねこってホントこう…
続きます