前回のお話
まゆさんは、原因不明のやけどを腕に負っていました。
しかしてんまさんと話していて、鍋の近くに置いてあったザルに腕が触れたのが原因だと思い当たったようです。
「ザルに腕が触れた時、チクッとはしたけど熱いとか、痛いとか、思わなかったんだよね」
「そっかぁ。すぐ気づいていれば、冷やすなり何なり早く治療出来たのにね」
「ほんと。気づいたのスパゲティ食べ終わったあとだもん」
気づいた時には既にやけどした部分は腫れて、水ぶくれになっていました。
“水ぶくれ“
人によってはつい、潰したくなってしまうもの。
「まゆちゃん、ちゃんと潰すのがまんした?」
「したさ。そりゃ」
まゆさんがやけどに対し、実践したのは“湿潤療法“です。
消毒はせず、ガーゼも当てず、乾燥もさせないようにします。
そして水ぶくれは潰さないように注意する。
水ぶくれを潰してしまうと、傷を治してくれる成分が流れ出てしまい、さらにそこから感染症に感染してしまう危険性もあるからです。
「次の日さ、一応医者に行ったけど、同じことを言われたよ。水ぶくれを潰すなって。だから日々慎重に」
「慎重って、暴れ馬のまゆちゃんにそんなこと出来るの?」
「できるにゃの?」
「神妙な顔して、言うじゃんかよ」
まゆさんはやけどをしてから、患部に厚めの軟膏を塗り、大きな創傷被覆材(絆創膏)を貼って一応、静かに暮らしていました。
「ねぇ、にゃこちゃん、まゆちゃん静かにしてた?」
「にゃむ…」
「あ、ティッシュもう無い」
「まゆちゃんっ!箱の潰し方!そんでやけどの方っ」
「そうだった。つい」
「もう、色白しか取り柄がないのに、やけどの痕が残ったらどうすんの?」
「誰が青びょうたんだ」
「だけど、やけどのとこ。水ぶくれ、潰れているじゃない」
「いやさ、痒くてさ。絆創膏とるじゃん」
「やっぱり大人しくしてないから、潰れちゃったんでしょ?」
「一応、潰れた時はがっかりしたよ?こっちは大事に、水ぶくれ部分を守っているつもりだったからさ」
「自覚なく、なんかの拍子に、いつの間にか潰れちゃったんだよ。いや、がっかり。んで、その後は仕方ないから、軟膏塗ってやけどの痕は保護して。外側の皮の部分は、そのまま大事にとっといたし」
びらん面が露出していると、やっぱり感染症を起こしやすくなるのです。
「ほんと、気をつけてよ。壊死したらデブリードマンしてもらうからね」
【デブリードマン】
壊死した組織をメス等を用いて、除去する治療行為。
「そんな大袈裟なことにはならないようにするよ」
「そうだ。うじ虫療法もあるよね。行っている病院少ないけど、珍しい治療法だからもし壊死したらうじ虫療法やってもらお?何事も経験だよ」
「はぁ!?」
【うじ虫療法(マゴットセラピー)】
腐った組織のみを食べる性質のあるうじ虫を用いて行う治療法。
健康な組織にはほぼ無害な上、うじ虫が出す分泌液には抗菌作用があるため、菌の繁殖も抑えてくれる。
「禁忌症例もないって言うし、副作用も重篤なものがないから、いいと思うよ」
「いいわけ無いじゃん。うじ虫療法中ってけっこう臭いらしいし、体をうじ虫が這い回るんだぞ」
「えー、いいのにね。にゃこちゃん。虫の赤ちゃんたちが、体の悪いところ食べてくれるなんて」
「赤ちゃん。可愛いにゃよね。いいにゃにゃい」
ねこさんには、変な偏見はありません。
「ほら、いいって。にゃこちゃんもいいって」
「わけが分かってないにゃこを、巻き込むんじゃない」
「そんなことないよ。にゃこちゃん分かってるよ」
「うるさいな。お前は。あっち行け」
二人のやり取りを、じっと見つめているにゃこさん。
どうやらまゆさんが、てんまさんのことを嫌がっていると判断したようです。
「あっち行けにゃっ」
にゃこさんも一緒になって、てんまさんを追い払おうとしています。
「きゃっ」
「にゃこのまゆちゃんが、嫌がっているにゃ」
にゃこさんは、いつでもどんな理由があってもまゆさんの味方。
揺るがない事実。
ねこさんは偏見はないけれど、差別はしっかりします。
人間や猫に対する好き嫌いは、ちゃんとあります。
「あっちいけにゃ。あっちいけにゃっ」
「やだ、にゃこちゃんにそんなこと言われたら、てんまちゃん寂しい」
「いいのにゃ。向こう行くのにゃ」
てんまさんにぽこすかと、肉球で攻撃しているにゃこさん。
とりあえず、はたから見たらじゃれあっているように見える光景です。
「にゃきー」
「きゃー」
「もういいよ。二人とも。夕飯にしようや」
結局まゆさんは、その後もにゃこさん、てんまさんといつまでも、はしゃぎ回っていたようです。
当然、未だやけどの痕は消えていません。