マメチュー先生の調剤薬局

マメチュー先生の調剤薬局

ねずみの薬剤師、マメチュー先生の日常と、調剤薬局でのお仕事を薬の知識も交えながらほのぼのと描いています。猫好き、猫飼いの管理人の飼い猫エピソードも時々登場します。

推し活の3割はAppleへの年貢?日本のアニメが世界一なのに、なぜ私たちは貧しいままなのか

スポンサーリンク

テレビの特番で流れる「世界IPコンテンツ収益ランキング」。 画面には、誰もが知る日本のキャラクターたちが誇らしげに並んでいます。

「日本のアニメが世界を席巻!」
「ポケモンはミッキーマウスを超えた!」


不景気なニュースが続く中、こうした数字は私たち日本人にとって数少ない「心の栄養剤」です。 資源が少ないこの国で、私たちの「好き」という情熱が世界と渡り合っている事実は、唯一の誇りと言ってもいい。

けれど。

その数字の「内訳」を精査したとき、ある違和感に気づいてしまいます。
海外でほとんど見られていないはずの作品がなぜか上位に食い込んでいます。

「……これ、ひょっとして」

そうです。
その巨額の収益の多くは、実は日本人の財布から、日本人の財布へと移動しているだけではないのか? という疑念。


一方で、私たちが震える手で回すガチャの10連分。
その代金の多くは、日本のクリエイターの懐に入る前に、太平洋を越えてシリコンバレーへと消えています。

「なんでー?」


ご存知の方も多いと思いますが、 それは、私たちがiPhoneやAndroidという『海外製のスマホ』という土俵の上で遊んでいるからです。

たとえ中身が純国産のゲームでも、AppleやGoogleという『巨大なデパート』の中に店を出している以上、売上の原則30%(※決済手段により異なりますが)という重いショバ代を、自動的に徴収される仕組みになっています。

これを巷では『アップル税』などと呼んでいるそうです。
日本人が不景気に耐え注ぎ込んだ情熱が、知らぬ間に海外のIT巨人をさらに肥え太らせるための「年貢」になっている。

この構造的な空しさに、私たちはあまりに無頓着すぎないでしょうか。


一、ランキングという名の「内向きの安心感」

世界IPランキングで日本が上位に食い込んでいるのは、主に「歴史の長さ」と「国内市場での圧倒的な売上」によるものです。
不景気なんぞはどこ吹く風。それらのIPに全力でお金をつぎ込んでいるのは、海外の人ではなく他ならぬ私たち日本人なのです。


「ランキングの違和感はそれか。じゃあ、海外の人は何にお金を使っているの?」


世界中の80億人が今、何に金を落としているか。

彼らが熱中しているのは、単なるキャラクターの可愛さではありません。


中国の『原神』のように、数千億の資本を投じて「世界中の人間が24時間遊び続け、課金し続ける巨大な生態系」です。
あるいは、韓国のコンテンツがそうであるように、最初から国内市場を「通過点」と割り切り、最初から世界という怪物の喉元を狙い撃ちにする圧倒的な執念です。


日本が「一本の至高の刀(単発の作品)」を極限まで研ぎ澄ましている間に、海外は「24時間稼働する自動集金工場(プラットフォーム)」を建てている。

どれだけ良い刀を作っても、戦場そのものを他国に握られてしまっては、戦うたびに手数料を吸い取られ、ルールの変更一つで追い出される「デパートの軒先の露天商」と同じです。


「海外のプラットフォームに「中抜き」されないのは、「日本製作のグッズ」や「国内イベント」だけ。……ん?日本って、商売下手なの?」


というか、日本は商売が下手なのではなく、「失敗しないこと」を最優先に設計された国なのかもしれません。



日本は、アニメやゲームといった世界に誇れる強みを持っている。海外で商売できる可能性があることも、何年も前から言われてきました。


「それでも、うまくいっていない現実があること……ほとんどの人がわかってんだよね」


推し活。
ガチャ。
巨大プラットフォームへの依存。


「このままでいいのかな」と思いながら、やめられない構造があることを、作る側も、売る側も、消費する側も、どこかで理解している。だから、日本の多くの構造批判は、「正論だけど、今さら仕方ないよね」で終わってしまう。そして問題は忘れ去られる。


さらに、日本は失敗を失敗として語るのが苦手です。挑戦がうまくいかなかった話は、次に活かされる前に「なかったこと」にされてしまう。その結果、大きな賭けは繰り返されません。問題の責任は、クリエイター、企業、国、消費者へと細かく分散し、誰もが少しずつ当事者で、だから誰も決定的に動かない。革命を起こさなくても、とりあえず明日は来てしまうからです。


もしかすると、日本で革命が起きにくい理由は、私たち全員が「本気で困りきってはいない」ことなのかもしれません。


二、製作委員会という「沈みゆく合議制」

なぜ、日本は一兆円を投じた世界的な勝負に出られないのか。 その正体は、責任を薄く引き伸ばす「製作委員会方式」という名の、重い鎖です。


十社が集まって、少しずつお金を出し合う。 コケた時のダメージは少ないけれど、何をするにも十枚のハンコが必要になる。 誰かが「世界を獲るために100億投資しよう」と言えば、必ず別の誰かが「前例がない」「リスクが高い」とブレーキを踏む。 結局、出来上がるのは「そこそこ低予算で、国内ファンが確実に喜ぶ、安全な焼き増し」ばかりです。


世界は今、一人の狂気的なリーダーが数千億の資金を背負い、最短距離で市場を焼き尽くす戦場です。 韓国の『イカゲーム』が世界を震撼させたのは、彼らがぬるま湯を捨て、冷たい外海へ飛び込む覚悟を決めていたからです。 なのに私たちは慎重なノロノロ運転を続けている。この腰の重さを解消しない限り、日本の至宝は、海外資本に安く買い叩かれてしまうでしょう。


「そうかぁ。自慢できる作品が日本にだってあるのに。100億が無理でも、10億なら……」
なんて、そんな『小さな石橋を叩く思考』こそが、すでに術中にはまっている証拠なのかもしれません。


三、夢物語を、生存戦略に変える

今の日本に必要なのは、失敗を恐れない、野蛮なまでの「全賭け」。 言語の壁をテクノロジーで強引にぶち壊し、日本の才能を直接、世界の80億人の財布に繋げる仕組み。 他人のプラットフォームに「お邪魔します」と頭を下げるのをやめて、世界中の若者が「そこを通らなければ遊べない」という独自のゲートを、日本自らが構築するのです。


不景気な日本を救うのは、ちまたの節約術ではありません。 世界中の欲望を、日本のシステムなしでは満たされないほど依存させる、知的な「独占」です。


「それって、ある日突然、庭から石油が湧き出るのを待つような夢物語じゃない?」

確かに、挑戦している先駆者はすでにボロボロ。挫折してしまうほど過酷な道でしょう。 けれど、「正解」がわからないからと足踏みしている間に、隣を走るランナーはすでに別の競技を始めています。


みんなの「推し」への情熱……いつか内向きの安心感を突き破り、世界から外貨を奪い取ってくる。そんな日が来るのでしょうか。

「その重い腰を上げるための、特効薬が必要そう……と言いながら、私自身もまた、SNSといった他国のプラットフォームの上で、ため息をついている一人なんですけど」


みんな理屈ではわかっている。それでも、どこかで今日も、指はガチャを回している。

大切に回すガチャのその先に、顔も知らない誰かの食事代ではなく、愛するクリエイターの温かいコーヒー一杯が届いていることを、切に願っている私。


不景気で財布の紐が締まりつつある今だからこそ、「どこに払うか」は、これまで以上に意味を持ち始めています。同じ一回のガチャでも、それが次の挑戦を生む投資になるのか、ただ沈殿するだけの消費に終わるのか。


分岐点は、もう目の前にあるのではないでしょうか。