今朝あいつは出て行った。
今日は早く帰りたくない…
そう思いながら1日仕事をしていた。
一人ぼっちの夜は久しぶりだから、早く帰りたくないのだ。
なのにこんな日に限って、仕事というものは早く片付いてしまう。
嫌なことを忘れたくて、仕事に没頭していたせいかもしれない。
会社を出て、もやもやした感情を抱え、もやもやとした足取りで歩く。
もやもやしつつも、なんかだいぶ歩いた気はする。
それでもまだ、温もりもなければより殺風景になってしまったあの部屋を、見る覚悟はできていない。
だからと言って別れたことをまだ友人には話したくないし、一人でふらっと寄れるような行きつけの店もない。
「ん?」
のんびりというか、とぼとぼと歩いていたら、急に膝がガクッとなりよろけそうになった。
足元が急に柔らかく不安定になったのだ。
「あれ?どこ?ここ」
しばらくボーっと歩いていたせいで、見知らぬ場所に来てしまっていた。
よく本でそんなワンシーンを読むけど、見知らぬ場所に来ちゃうことってあるんだなぁ。
自分に感心しながらそんなことを思う。
ほんとに長い間、ぼんやりしていたのだろう。
不安定になった足元をよく見ると、ふわふわとした草むらだった。
まるで動物の被毛のようだ。思わず触れてみたくなる。
触ってみると温もりすら感じた。
「すっげえ、ふわふわ」
テンションが上がる。
ふわふわとした毛が生えている植物があるけれど、そんな感じに近いだろうか。
草むらに心を癒されている。
少し歩きにくいけど、面白い感覚の場所。
ここ何?公園?
辺りに街灯はあるのに、夜空がやけに明るく感じる。
ひと気のない夜の公園のような場所なのに、不安や恐怖は感じない。
空気感も含め、気持ちがいいくらいだった。
そんな不思議な場所を散策していると、街灯以外の明かりが見えてきた。
窓からこぼれる明かり。
店?飲食店?
店の明かりを見て、惹かれるように店の方に近寄っていく…
途中で足が止まった。
”暗闇でチョウチンアンコウの放つ光に誘われて罠にかかってしまう説”
ふと、我に返りテレビで見たそんな企画を思い出す。
暗闇の中に取り残された芸能人が、小さく灯る明かりの方に近づいてしまったため、チョウチンアンコウの形をした仕掛けに喰われるというやつ。
急に自分が怖くなった。
見知らぬ場所で、何屋だか分からない店に入ろうとしているなんて。
「やめておこう」
時間をつぶすのであれば、この草むらで十分だった。
その場で座り込んで空を見上げる。
この草、マジで動物みたいにふわふわしてる。
チクッとした感覚が全くない。
草にさわっていると、なんだか動物と触れ合いたくなる。
最後に動物に触ったのなんて、いつだったろうか。
続きます
※過去の夢森町のお話
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