マメチュー先生の調剤薬局

マメチュー先生の調剤薬局

ねずみの薬剤師、マメチュー先生の日常と、調剤薬局でのお仕事を薬の知識も交えながらほのぼのと描いています。猫好き、猫飼いの管理人の飼い猫エピソードも時々登場します。

「自動運転で駅遠が勝つ」は本当?生活者として感じる違和感

スポンサーリンク

AI自動運転が普及すれば、駅から遠い家でも価値が上がる

最近、そんな話をよく見かけます。

──でも、正直こう思ってしまうんです。

「それ、本当に現実的?」


AI自動車とおしゃべりしたり、歌を歌ったり、景色を楽しんだり……

ドライブ気分で、のんびり出来るんでしょうね。
ついにそんな時代が来たか!って感じです。
……と、頭では思うのですが。


それでも、この話を聞くたびに、
私はどうしてもぬぐい切れない「生活者としての違和感」を覚えてしまうのです。

だってその自動車……一体全体いくらなの??

1. 「移動の自由」は、結局「サブスク」で買う時代になる

AI自動運転車は、魔法の乗り物ではなく最先端のセンサーとシステムの塊。
精密なセンサー、高精度なマップ、そしてそれらを維持するための通信インフラ……。
これらはすべて「コスト」です。


車両価格だけでなく、メンテナンス代や、目的地で車を待機・回送させるためのコストもかかります。結局、自動運転の恩恵をフルに享受できるのは、それなりの「利用料」を払える層に限られるのではないでしょうか。


ってすいません。
一気に現実に引き戻してしまいました。



多くの人にとっては「車を持たないことが最大の節約」という家計の現実は、テクノロジーが進んでもそう簡単には揺らがなさそうです。


2.「駅近」の本質は、移動手段ではなく「生活圏」にある

結局、多くの日本人にとって「駅近」が最強な理由は、そこが「安く、正確に、歩いて生活を完結できる場所」だからです。

電車: 一度に何百人も運ぶからこそ、数百円という低価格が維持できる。
「遅延は気になるけど、まあ便利だよね!」

徒歩: 自分の足で歩けば、通信費もガソリン代もかからない。

駅近: スーパー、病院、役所が「歩き」の範囲に凝縮されている。


3. 「時間が読めない不確実性」をAIは解決できるか

1秒のズレも許さない日本の社会において、最大の敵は「渋滞」と「事故」です。 AIがどれだけ賢くなっても、物理的な道路の容量には限界があります。

仮に、空飛ぶ自動車が出来たとしても「飛行ルート」は厳格に決められるでしょうから、混雑問題は形を変えて残り続けるでしょう。


となると「時間が確実に読める」という鉄道インフラの価値は、むしろ不確実な車移動が増えるほど、相対的に上がっていくはずです。
そして、その鉄道の恩恵を最も受けるのは、やっぱり駅のすぐそばに住んでいる人たちです。

結論:生活の「面倒くささ」は技術だけでは消えない


AI自動運転が進んでも、
「駅近じゃなくても大丈夫」と言える人は、
しばらくの間、限られる気がします。

少なくとも、1円でも安いスーパーを探し、1分でも早く帰宅したいと願う多くの現役世代にとって、「歩いて何でも揃う」という駅近の原始的な利便性から逃れるのは、思った以上に難しいことなのかもしれません。

技術が進歩しても、
生活の判断コストがゼロになるわけではないですからね。


「便利になること」と「楽になること」は
同じではないのかもしれません。