マメチュー先生の調剤薬局

マメチュー先生の調剤薬局

ねずみの薬剤師、マメチュー先生の日常と、調剤薬局でのお仕事を薬の知識も交えながらほのぼのと描いています。猫好き、猫飼いの管理人の飼い猫エピソードも時々登場します。

誰にでもあるよね、こんな日は その2

⚫︎本物語を最初からご覧になりたい方はこちら

⚫︎物語の概要をご覧になりたい方はこちら

 

前回のお話

ポ村を通り過ぎて行ったカゲ(心にマイナスの影響を与える不気味な存在)によってマイナス思考に陥るてんまさん。楽しい記憶すら忘れそうになっていました。

 

そうそう、まゆちゃんからラムネを貰った話、忘れる前に書いとかなくちゃ。甘くてほっこりしたあの日の出来事を。うん…?でもいっか。まゆちゃんとのことだから書いとかなくても…

あー、それにしてもカゲったらやだなぁ。意地悪しないで欲しいなぁ。まゆちゃんのことじゃなく、仕事のこととか書きとめておこっ。

 

あれ?

 

なんだっけ…あれあれ??

描こうとしたこと、もう忘れてる…?

幸せな何かを取られ、不安な何かを置いていかれた感覚。

 

やだなぁ…

 

 

だからまた、まゆちゃんから貰ったラムネのことを思い出す。心が落ち着く。

「あんたはホント、幸福なんだか、不幸なんだか分からない顔してるよね」

「びっくりした。本物のまゆちゃん」

 

 

「ほれ。ベニテングタケの仲間。グルタミン酸の10倍の成分が入っててウマいらしいよ。旨み成分に引き寄せられてハエも食べにくる位。でもどっかの国ではそれを利用して、殺虫剤みたいにして使ってんだって。これで人を殺すのはなかなか難しいと思うけど」

 

「ラムネの次はベニテングタケをくれるの?見た目は可愛いけど…」

「ホントだ。すごいね」

わたし、知ってる。まゆちゃんとの思い出はメモしなくても鮮明に覚えることが出来る。大学で初めてまゆちゃんの姿を見かけた日のことも。

 

「わたし…」

「うん?」

 

「絵本の中のお姫様になりたかったんだ」

「てんまが!?へぇ何か意外。あたしは逆に嫌だったな。自分が女の子っぽくなるのは。七五三も嫌でさ。可愛い着物を着させられるのがホント嫌で。罠にかかった猪みたいに暴れ回って、結局着なかった。 中学生になって、制服着るまではスカート履いたことなかったなぁ」

 

「まゆちゃんらしいエピソード。まゆちゃんはさ。口が悪くて、育ちも悪いオラオラ系の王子様みたい」

 

「どういう王子?それ悪口?ある日突然、出生の秘密を聞かされるタイプの王子様?」

「さらにホントは、勇者なの」

 

「王子で勇者?設定うるさ…」

「でもちょっとだけ優しいんだって、周囲の人は少しずつ感じていく」

 

「あたしの武器それだけ?」

「最初から持っている薬草にみたいにちょっとだけ。まゆちゃんは傍にいてくれると、少しだけHPを回復してくれるの」

 

「そんな奴、勇者だったって言う出生の秘密的な設定を明かされても、何も出来なくない?」

「まゆちゃん、私は薬草の力すら持ってない。人を回復させてあげることなんて出来ない。でもね、私を一緒に世界を守る旅に連れっててくれたら、まゆちゃんだけは守ってあげるからね。ホントだよ」

 

「ポンコツ勇者を?そんな価値あるかね。きびだんご一つで協力してくれるならまぁいいか」

「わがまま姫め!表情ちょっと戻った?さっき“心に鍵かけてます”みたいな顔してたから。原因カゲ?ひょっとしてカゲ相手に人見知ってた?知らない人間苦手だよねー。患者以外は」

「……」

 

「あんなの人じゃないじゃん」

「うん、そうだよね」

 

「しかしさ、何で人って生き物は、嫌な事がないと、幸せを実感する事ができないのかね?」

「じゃあ、カゲは幸せを実感させてくれるためにいるのかな」

 

「なるほど、カゲのおかげで幸せに気づけるのか。でもさ、そんな風にこの世界は変な設定がいっぱいあると思わない?不幸せを知らなければ、幸せに気づくことが出来ない。変なもん食って体を壊したら、薬を飲んで治さなければいけない」

「体調悪いままだったら、しんどいものね」

 

「そうなんだけど、そもそも体壊すって設定自体いる?神が作った余計な設定。人生ゲームをややこしくするためのやつ。“何でも食べれる元気な体”で良いと思うんだけど。細菌やウイルス、ベニテングダケの毒にも屈しない元気な体を作ってくれればいいじゃん」

 

「病原菌まみれの腐肉を食べても食中毒にならない動物、いるものね。あの子たちは特殊な胃や消化器を持ってるんだって。でもさ、みんなが元気な体になったらそしたら私たちのお仕事無くなっちゃうよ」

 

「いいじゃんさ、別に。他の仕事探せばさ。人は病気、けがをしにくい体になった方がいいじゃん。薬局がほとんどない世界の方がいいじゃん。どうでもいい設定に振り回されんのやめた方がいいんだよ」

「設定…」

 

「ううんと、設定って言うかさ。例えばだけど…自分を兄弟と比べる→親からの扱いの差や能力の差を感じて自分を不幸に思う…みたいなよくある例のやつ。ドラマでも現実世界でも、よくあの設定にみんな振り回されてるじゃん。あたしは、兄弟間に存在する設定についてはよく分からないけど。一人っ子だから。もしそういうのあるなら、よくある設定どおりにしなくていいと思うよ。展開がありきたりでつまんないじゃん」

 

「どうやって、ありきたりな設定どおりに行動しなくてすむのかな?」

 

「それは知らん。そもそも人に聞いたって、その通りに自分をコントロールして実行することなんて出来ないと思うよ。自分で考えて考えまくって、納得してから行動しないと!じゃなきゃ自分の道を、自分で歩いて行くことなんて出来ないよ」

「難しいね」

 

「簡単じゃ、人生つまらないでしょ。昆虫みたいに短い一生じゃないんだから」

「簡単じゃつまんないから設定はあるんだね。じゃあ、変な物食べて薬飲むっていう工程はなくならないね。でもそう思うと簡単がいいなぁ」

 

「じゃあね。あたしはもう行く。そうそう、食うなよ?ベニテングタケ」

「どこ行くの?座って?もうちょっと話そうよ。こないだ貰ったラムネ、まだあるから一緒に食べよう」

 

「いらないよ。好きじゃないからあげたんだから」

「もしかして頂き物をくれたの?」

 

てんまさんの問いに、答えないまゆさん。

 

その後、まゆとてんまは二人で無言のまま、しばらく座っていました。心に巣食うもやもやの解消法。こうして一緒にいて安心する人といるだけで、どこかに消えていきそうです。