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前回のお話 (内臓脂肪減少薬 その1はこちら)
平日のお昼休み「お土産を渡したい」というあかりさんの母から連絡が入る。「いつもぐうたらしてるんだから」と娘に対し率直にモノを言う母にうんざりしている様子。
「おかあさん、あたし仕事辞めるかも」
「何それ、うそでしょ?」
「…」
「入社してまだ3年しかたってないのに、何言ってるのよ。あんな大企業に奇跡的に入れたのに。馬鹿なこと言ってこの子は」
奇跡だと思ってたんだ。。。
「やりたいことがあるから」
「何よ、やりたいことって。聞いたことないわよ。仕事辞めたいからって適当なこと言ってるんじゃないでしょうね」
「あくまでやめる”かも”だから。決定じゃないよ」
「もう!思い付きで変なこと言わないでよね。簡単にほかの会社に中途入社なんて、できるわけないんだから」
そのおかげであたしにやる気を与えてくれる。うちの母はあたしを成長させてくれる人なのかもしれない。
そう思わせてくれている。
職場
昼休憩が終わり、母に言われた不快なことを繰り返し思い出しながら、どすどすと職場に戻る。その様子を誰かに見られた気がした。あたしの不愉快オーラが他人にも伝わってしまったのかもしれない。
”午後の仕事に向けて切り替えなきゃ。そんで帰ったら勉強。自分のやりたいことを仕事にして、人生もっと充実させなくちゃ”不愉快オーラをトイレで流し、仕事モードのスイッチをオンにする。
”そうだ、その前に”
「ひかり、温泉まんじゅうあげる」
「温泉行ってきたの?いつの間に?昨日も仕事してたじゃない」
「へへ、みなさんもどうぞー」
一人では食べきれない温泉まんじゅうを職場の人たちに配っている途中、視線を感じる。なぜかさっき、どすどす歩いていて誰かに見られた時のことが頭をかすめた。
「あ、あかり。中途入社の人きた」
見ると上司が男性を連れてやってきていた。入社初日なので、ビシッっとスーツを着ている。
「今日からうちの部署に配属されることになった、藤島さんです」
「初めまして、藤島恭平と申します。前職では営業を担当しておりました。慣れない仕事で皆様にご迷惑をかけることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
”藤島恭平…”
うちの女性社員が、藤島と名乗った中途入社の男性を食い入るように見つめているのが分かった。小林柚月、絶対気に入ってるよ。みんなのアイドルちゃんに気に入られるなんて、見た目って大事だね。
”んん??藤島恭平!?”
なんだかスーツの似合う大人になっちゃってるけど、あの藤島恭平?気づいていないのか、全然あたしの方を見ないけれど、絶対あの藤島恭平だ。佐藤あかり。あたしの名前、よくある名前かな?気づいていないなら、このまま気づかないでいて欲しい。だって学生時代…
「お前将来、まん丸になってんだろうな」
向こうは忘れてるだろうけど、こっちは覚えてる。心のノートに太文字で記しちゃってる。マーカーも引いてある。だから忘れない。
むかついた過去の記憶。
っていうか正直、ちょっと気になっていた人に言われてよりショックでもあった。母親も含め、うるさいよ。丸い丸いって温泉まんじゅうじゃないんだから。
いや、小林柚月あたりには「温泉まんじゅうが、温泉まんじゅうを配っている」なんて、内心思っていたかもしれない。ってか、やばい。予言通りになりつつある。
「あかり、どうかした?」
その声にちらっと反応する小林柚月。
あたしが藤島恭平に一目ぼれして、うつむいているとでも勘違いされたら困る。小林柚月にライバル視されたらうっとうしそうだ。
「ううん、別に。全然なんでもない」
大丈夫、藤島恭平はあたしのことなんて覚えてない。”お前”としか呼ばれていなかったから、当時からあたしの名前はよく分かっていなかったのかもしれない。
なんとなく存在くらいは覚えていたとしても”まん丸になった”発言は覚えていないはず。そう、あたしに言ったことなんて覚えていない。万が一”予言通り腹出てるじゃん”なんて言われようものなら、このおなかを引きちぎりたくなってしまう。
「藤島さん、よろしくおねがいします。小林です」
「よろしくおねがいします」
席は近くないのに小林柚月が話しかけている。
「給湯室の場所やお手洗いの場所分かります?」
「はい。朝、社内の案内をして頂いたので」
「そうですよね。でも分からないことがあったらなんでも聞いてください」
「ありがとうございます」
まだ新人感丸出しの小林柚月にわざわざ聞かないだろうと誰もが思いつつ、そうやって声をかけてくれる人に質問しやすくなるのは事実。その調子で小林柚月がずっと藤島恭平の相手をしてあげていて欲しい。彼の飼育係として、新年度から頑張って欲しい。
「では、みなさんも藤島さんに挨拶を…」
続きます