前回のお話
冬の夜、ポ村には豚汁を出してくれる小さな屋台が出ていました。
そこにはバスの中で居眠りし、最終のバスで終点ポ村まで来てしまった中年の男性がひとり、お客として訪れているようです。
「犬猫なんかに癒されるっていうけどさ、ほんとに癒されるか?ご主人はペット飼ってる?」
「ペット、だすか?」
「飼ってない?飼わないよなぁ、ペットなんて。金もかかるし、育てる手間の方がストレスになると思うんだよな」
「そうなのだすか」
「そう、嫁も子供もペットもいらない。一人がいい」
「ひとり、さみしくないだすか?」
「そうだな。そう思ったり思わなかったりするだろうな」
「むずかしいお話だす…」
男性客は相変わらず、暗くてよく見えない上の方を見上げて話している。
「しゃべり方もね、変だよね」
「そうなのだすね?一生懸命みなさんの真似してしゃべっているのだすが」
「へぇぇ?」
ズズ、ズズズ…
男性客は残りの少し冷めかけた豚汁を、一気に口に流し込みました。
「ああ、うまかった。うん。こういううまいもん食うと癒されるかもしれない。それにさ。うん。なんかしゃべったら、ストレスやもやもやがすっきりした気がする」
「それは良かっただす」
”問題は、何にも解決していないけど、話を聞いてもらえただけで、もやもやがどっか行った。
不思議な話だ。
話を聞いてやる…思っていたよりも大事なことなんだな“
こうやって、お嫁さんの話を聞いてあげていればよかったんだと、そう実感しているようです。
「タクシーで帰るか。ここタクシー来るかい?」
「たくしー?」
「タクシー会社に連絡すれば来るよな」
「お帰りだすか?」
「色々聞いてもらって楽しかったよ」
「それは嬉しいだす。わたすもそろそろ眠くなっただす」
「え?」
ばさばさと、何かが飛び去る羽音が聞こえます。
男性客に鳥の羽音は聞こえたみたいですが、暗くて姿は見えてはいないようでした。
「鳥って夜も飛ぶんだなぁ。ね?」
「…」
急に返事しなくなった屋台の主人。
「あれ?ほんとに寝てんの?」
主人はそれにこたえるように、水を出してくれました。
「突然の無口?不思議な人だな」
男性客は出してくれた水を一口だけ飲む。
「なにこれ!この水、うまい。ポ村って水がいいんだなぁ」
「…」
「独り言かよ。じゃあ、こちそうさん」
冬の深夜、連絡を受けやってきたタクシーに乗って帰っていく男性客。
”変わったご主人だったなぁ”
そう呟きながらタクシーから窓の外を見つめる。
「暗くてよく分かんねぇや」
”次は昼間にまたポ村に訪れてみよう。断られるかもしれないけど、家族も…誘ってみようかな”
揺れるタクシーの中、ぼんやりとそう思う男性客なのでした。
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