これは秋頃のお話。
ちょっと鈍くさめの、カラスのカラスケくんは、楽しみにしていたデザートをじっと眺めていました。
「おいしそうだす」
彼は食べ物の中では、果物が一番好きなようです。
どうやら落ちていた柿を拾って、後で食べるために大事にとっておいたらしい。
嗅覚はよくないカラスケくんですが、まずは匂いを存分に感じる。
そんな大好きなものを食べる前に、ワクワクしていたそんな時…
「か!」
カシュウさんに届けようと思って、とりあえず取っておいた草に気づく。
「忘れていただす」
空飛ぶ草を探しているという、ポ村にある塔で一人暮らすカシュウさん。
実はポ村の上空には、浮遊する植物が存在します。
その中にはなんと、強力な毒を持つ植物があるとの噂も…
“浮遊する植物が欲しい“とだけカシュウさんに言われていたカラスケくんは、よく分からないながらも植物を採取していました。
「あの人が欲しいのとは、違うかもしれないだすけど」
見たことのない草を見つけたらしいカラスケくんは、カシュウさんに届けようと思ったようです。
「あのお方は、ワタスの力を必要としてくれているのだす」
カラスケくんは鈍臭いこんな自分のことを必要としてくれたカシュウさんのために、少しでも力になりたくて採取した草を渡しに、空をめがけて翼を広げ、飛び立っていきました。
ただ草を届けることに意識が行きすぎていたためか、自分の大事な果物をその場に忘れていってしまいます。
「カァカァ」
ぽつんと残された、カラスケくんの柿。
「あれ?」
その柿に気づいてやってきたのは、てんまさんでした。
「カァカァ」
「カラスケくんだ。カラスケくーん」
バッサバッサ。
「行っちゃった。
ここに大切そうに置いてある柿…。
きっとカラスケくんのだよね。
なんだか忙しそうだなぁ」
なかなか会えず、最近忙しそうなカラスケくんを気にしていたてんまさん。
てんまさんはカラスケくんを追いかけてみましたが、早くて全く追いつきませんでした。
「カーラスーケくーん!」
大声で呼んでみても、全然気づいてもらえない。
「カラスケくんってばぁ」
カラスはあまり耳がよくないようです。
「相変わらず忘れっぽい子だなぁ」
カラスが大事な食料を忘れることは、あまりないのですが。
「こんなところに果物を置きっぱなしにして。
ご飯を隠したことを忘れちゃうリスみたい。
柿を忘れて置いてったりしたら、そのうち芽が出てきちゃうんだぞ。
そんで大きくなって、その木にまた柿がなって…
それはそれでいいことなのかも」
いやいや、そんな気の長い話…
すでにカラスケくんの姿は見えなくなってしまいましたが、果物を届けてあげたいと思ったてんまさん。
「負けない。ちゃんと届ける。
このところカラスケくん、ちっとも構ってくれないし」
てんまさんは、カラスケくんが向かっていったと思われる方向を目指して、走って行きます。
なかなかポ村を駆け回ることのないてんまさんは、村の景色を見ながら久しぶりの運動を少しだけ楽しんでいました。
「これもカラスケくんのおかげだな」
ジョギング程度のスピードで走っていたてんまさんは、すぐにカラスケくんを発見します。
「あ、カラスケくんいるじゃん」
カラスケくんはてんまさんに気づかず、何かに気を取られているようです。
その隙にカラスケくんに追いつくため、スピードを上げて駆け出していくてんまさん。
「ようし!つかまえてやるぅ」
カラスケくんが気をとられていたものは、ピカピカ光るガラスの破片。
「きれいだす。宝物にするだす。これでお口をきっちり研ぐのだす」
カラスたちは硬いもので、嘴を研いだりするそうです。
「カラスケくーんっ、待てぇ」
「カァカァ」
カラスケくんは嬉しそうにガラスの破片を加えて、バッサバッサと飛んで行きます。
「はぁはぁ、カラスケ…」
てんまさんはカラスケくんに気づかれることなく、ふらふらと座り込んでいました。
「ああ、追いつかないっ。
もう、カラスケくーん」
すんでのところでカラスケくんに飛び去られてしまい、しょぼんとしています。
「ギリのところで飛び去られちゃう、この嫌なパターンは最後でありますように」
勘のいいてんまさんは事前にお願い事をしますが、残念ながら願いとはそう簡単には叶わないものなのです。
カラスケくんに再び置いていかれてしまったてんまさんは、カラスケくんがいた場所に草が落ちていることに気がつきました。
「ひょっとして、この草もカラスケくんの忘れ物?
何だろう、この草…浮遊植物?」
カラスケくん、今度はカシュウさんに届けるはずだった草の存在を忘れてしまったようです。
そんなカラスケくんは、ガラスの破片を加えながら飛行中、再度何かを発見。
カラスケくんを追いかけ、夢中で何かを観察している彼に、ようやく追いついたてんまさん。
しかしすんでの所で、また間に合わず…
「カァ」
「カラスケくーん」
てんまさんの願いとは裏腹に、やはりこのパターンが何回か繰り返されてしまいました。
次回へ続く