マメチュー先生の調剤薬局

マメチュー先生の調剤薬局

ねずみの薬剤師、マメチュー先生の日常と、調剤薬局でのお仕事を薬の知識も交えながらほのぼのと描いています。猫好き、猫飼いの管理人の飼い猫エピソードも時々登場します。

町の洋食屋さん その3

前回のお話

家族と一緒に過ごすのが苦手だった、子供のころのてんまさん。


近所の洋食屋さんに入り浸っていたのですが、その店主・グラタンが糖尿病、更には膵臓がんを発症してしまいました。

痛みに耐えている、グラタンを見ていたてんまさんも、なんだかツラそうです。





痛みは身体がダメージを受けている事を知らせる、防衛反応だというけれど…


「うっ…うう…」



「グラタン、痛み止めのお薬は?」



「くすり…?」



「持ってきてあげる。どこにしまってある?」



「そこの…カバン」


「そこ?あ、これ?
ちょっと待ってね」



カバンの中を覗き込んだとき、私は絶句してしまった。


中にはグラタンが飲んでいるであろう無数の薬が、ぎっしりと詰まっていた。



どうしよう…



「ねぇ、グラタンどうしよう。
どれが今、必要な薬なのか、分からないよ」



たくさんの薬の前で、私は何も出来ずにうろたえていた。


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それから数日後ー。




「てんま、俺さ。
入院する事になったんだ。

これからはさ、疼痛管理って言うの?
痛みをコントロールして貰えるから、だいぶ助かるよ」



痛みを緩和させるモルヒネは、その時の状況により量を変更する。


ミスをすると、痛みを緩和させることは出来ない。


「あー…つ~…
ううっ、くく…」



「先生!あの子、酷く痛がってます。

せめて痛みだけでも、取り除いてあげて下さい。

このまま一日中、痛みが続いたら…
生きる気力がなくなってしまうわ!」


グラタンの母親であるフサオさんは、毎日お医者さまに何か訴えていた。




「てんまっ、すっげえいてえよ。
くっ…ああ、俺…もう」



どんな困難があっても、根性で乗り越えてきたグラタン。


そんな人が痛みに苦しみ、こんなにツラそうにしている。


私だったら、きっと耐えられない。


それでも、こんなにもツラそうにしている人に言ってしまう。



「しっかりして、グラタン!
痛みに負けちゃ駄目だよ。
早く治して、退院してさ。
素敵な人と結婚するんでしょう?

新メニューの…
クリームシチューも…」


私は身勝手な人間。
苦しんでいる人に、平気で“負けないで”と言ってしまえる冷たい人間。



生への渇望を失ってしまうほど…

自ら死を望むほどの痛みを、ガンはどうして与えるの?


それは本当に防衛反応なの?



グラタンが病室のカーテンの前に立って、こちらを見ている。



“グラタン?”


起きて平気なの?
寝てなくていいの?


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“グラタン…?”





あの時の記憶を、忘れないよう心に刻もうとしたのに、やはり年月が経つと薄らいでしまっている。



とても記憶が曖昧だ。


記憶を失うというのも、防衛反応なのだろう。



ツライ出来事から、自分の心を守るために…


ホントにツラいのはグラタンであり、フサオさんなのに。




自分が無力な人間だったという記憶も、薄らいできてしまっている。



“人は死んでしまう”
その事だけは、しっかり忘れずにいるけれど。


人は死ぬ。

私を置いて…




あの時のことを思い出すとふと、異母妹のことを思い出す。


経験した全てのことを、細部まで覚えている妹。


それは…
それはやはり、ツラいだろう。



それなのに私は、そんな妹の前で頼りになる姉としての振る舞いを出来ないでいた。


話くらいは、聞いてあげたいのだけれど。




「てんまー何してんの?」



「まゆちゃん!私の不死身のまゆちゃん」



「あ?」

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「ねぇ、一緒に話を聞いてあげようよ」


「誰の?」


「へへへ」


「気持ち悪い女だな。
ほら、早く行くぞ。

今日は小料理屋の三すくみで、夏バテ対策料理食うんだろ?」



「うん♪食う、食う!

長生きするする!」

 
「…気持ち悪い女だな」


ツラいときにはやっぱり、美味しい料理を親しい人と食べて、心も体も健康にしたい…
改めてそう思った。