マメチュー先生の調剤薬局

マメチュー先生の調剤薬局

ねずみの薬剤師、マメチュー先生の日常と、調剤薬局でのお仕事を薬の知識も交えながらほのぼのと描いています。猫好き、猫飼いの管理人の飼い猫エピソードも時々登場します。

町の洋食屋さん その1

うちの父親は薬の研究に夢中で、あまり家に帰って来ることは無かった。



その上、あまり喋らないので、どういう人間なのか把握出来ていない。



ただ、女にモテる事だけは理解していた。


娘からしたらよく分からないが、母性本能をくすぐるらしい。




確かに仕事以外は、何も出来ない人間のようだった。

まるで野山に捨てられ、自分ではどうすることも出来ない、血統書付きのぬいぐるみのような犬みたいではある。




そんなよく分からない人間と家族として同居している事が、何やら不思議な感じがしていた。




そしてその父とすぐに離婚した母も、だいぶ自由でなにより仕事優先人間。



離婚した直接の原因は父の浮気ではないが父のことは“浮気相手にくれてやる”という母。



何故かそのタイミングで私も、浮気相手の家で暮らすことになってしまった。



そもそも父は私の母のことを“奥さん”だという認識をしていなさそうだったので、奥さんが途中で変わったことも最悪気付いていないかもしれない。



父は仕事以外、興味がないのだ。




父の新しい奥さんは美しくて…
随分と嫉妬深い人だった。



おそらく父のことが、好きだったのだろう。




父のことを本気で好きだった、唯一の人。




そしてそこには一つ年下の、異母妹のしょうまがいた。



彼女に初めて会った5~6歳の時。

可憐なお姫様のようだと思った。

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“もう私は主役じゃないんだ”



魔法使いのおばあさんは、この娘の前に現れる。


森の動物たちに守って貰えるのは、私じゃ無い…



太陽も花も丘も小人も全部、この愛らしい少女のもの。



なのになぜかこのしょうまは、私からの愛情だけを欲していた。


いつも私の気を引こうとした。

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私がしょうまの母から嫉妬の対象になってしまうので、家では隠そうとしていたが常に意識されている気がした。




妹は全ての出来事を記憶しているのではと思うほど、驚異的な記憶力を持ち、私とのやりとりを忘れられると、とても悲しそうにした。



その顔を見てからはなるべく忘れないよう、その日の出来事を絵にして覚えた。



薬剤師になった今は、患者さんの顔の特徴をスケッチしている。

そのため患者さんの顔を、すぐに覚えることが出来た。



でも…


“なんでも記憶をしてしまう”



それはとてもツラいことではないのか?



ツラい記憶も、永遠に忘れることが出来ないのだから…



時は決してしょうまには、手を差し伸べてはくれない…




そんな微妙に血の繋がった妹のしょうまとは、どう対応したらいいのか…

未だによく分からない。


当時も私は、家族以外の所に居場所をもとめた。






「あっ!グラターンっ!」



「てんま?グラタンじゃなくてケシ君な。

それより見てみろ、こんな水たまりにおたまじゃくしだ」



「ほんとだ、かわいー」



グラタンことケシは、老舗洋食店の店主だった。




ちょこまかとよく動く早口の母親、フサオさんと共に働いていた。

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いつも私が喜ぶことをしてくれる人たち。



物心がついた頃から“おやつ食いに来い”やと言って、お店の休憩時間にグラタンやドリア、クリームコロッケを食べさせてくれた。



ここにいると、とても落ち着いた。



家族がいる、あの家にいるよりは…




「てんまちゃん、今日も来てくれたのね?今日も可愛いわね。今日も天気がいいわね!

そして今日は何食べる?」



「グラタンがいい」



「クリーム系好きだな」




「あら、いいじゃない。クリーム!

あたしも好きよ。
あっつあつのクリームを、ほおばると幸せな気分になるじゃない。
ねぇ、てんまちゃん」



「うん、ひひ」



まろやかなクリームのものを食べると、ホントに心がほっこりした。



グラタンの作るグラタンは、いつも心をほっこりさせてくれた。

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ここの洋食店には、グラタンの人格や料理にひかれた客たちが集っていた。



「今日もチーズのびる~」



「遊びながら食ってると、ヤケドするぞ」



「いひひ、おいしー」



「てんまちゃん、オムライスもオススメよっ!
タバスコいっぱいかけると美味しいのよ。

おばさんはね、いっつも20滴くらいかけちゃう」



「オムライスも食べたい」



「じゃあ作っちゃう!
量はどのくらいがいい?

トッピングは?
ハンバーグのっけちゃう?」



「母ちゃん、それは食わせすぎ」


「なによ、あんたはすぐ口出すんだから」

羨ましいな…


グラタンが羨ましい。

こんなにも人を癒すチカラを持つグラタンが…




「ねえグラタン。
新メニューはどうなった?
開発中だって言ってたけど」



「新メニューは…」



「新メニューは?」



「クリームシチューを作る」



「クリームシチュー?」    




「家庭の定番メニューだけど、うちの店には無かったメニューなんだ」



「この子ったらまた、クリーム系のメニュー作るんだって」




「クリームシチューかぁ。
グラタンあたしね。

豚肉好き。ブロック肉入れて」



「ポーククリームシチュー?」



「うん」



「やだ、てんまちゃん。

やっぱりクリームシチューはチキンじゃない?
芽キャベツ入れてさ」



「芽キャベツより、ブロッコリーがいい。
ヤングコーンも入れて?

あとエリンギもね」



「なんか、てんま用の賄い作らされるみたいだな」



「クリームシチュー専門店とか珍しくていいんじゃない?」


「クリームシチュー専門店?

カボチャとかコーンとかきのことか鮭とか?
当たるかな?
カレーよりクリームシチューって、好き嫌いあるだろ?

でも卵かけご飯の店とか、味噌汁の店とかあるしな…」



いつものことですが、グラタンはいつもいつも、意見を取り入れ色々試してくれます。



「ふふ、だけど新メニュー楽しみ」

続きます