イチイさんとオウギさんは医薬品の勉強会の帰りに、ホテルガレのラウンジで休憩をとっていました。
ホテルガレのスタッフさんをイチイさんは、ぼんやりと眺めています。
一方そんなイチイさんを鬱陶しそうに、見ているオウギさん。
「ってか向こうに座って下さいよっ」
オウギさんは自分の前の席を指差し、イチイさんに文句を言っています。
「お前、すげぇ飛沫飛ばすからさぁ」
大の男が二人並んで座っています。
「はぁっ?」
「ほらっ飛んでる、飛んでる」
「え?嘘ですよっ」
「だっからさぁ。
こっち向いて喋るなって。
意味ないだろう?
あっ!今お前の飛沫が手についたっ。
拭けよもう、ちょっとっ」
「何でですか」
そう言いつつも、律儀に拭いてあげようとするオウギさん。
「触んなよ、気持ちわりいな」
「なんなんすかっ!」
イチイさんはホテルのスタッフさんに、声をかけます。
「すいません、おしぼりもう一つ貰えます?」
「おまちください」
すぐさま、おしぼりを持ってきてくれたスタッフさん。
「ありがとうございます」
“ぷこ”
礼を言いつつ隙をついて、ホテルガレのスタッフさんの肉球をつつくイチイさん。
オウギさんと同じように、イチイさんも気持ち悪いと思われても仕方がない行為です。
「おまたせいたしました。
本日のティーでち」
それでもホテルガレのスタッフさんは、笑顔で対応して下さいます。
お茶を飲みながらオウギさんは、親戚の家で行われた法事の時の出来事を語り始めました。
法事の場で行われた親戚達からの、薬や健康についての質問祭り。
これはおそらく医療従事者あるある。
親戚の集まりは高齢者も多いので、よくその手の質問をされてしまいます。
イチイさんは医療従事者の家族が多いので、そういう経験はないようです。
「そこで薬箱を見せて貰うんですけど」
「おぅ」
「いつもみんなの薬を見て、気になってる事があるんです」
“薬の瓶に入っている、ビニールの詰め物について”
「あの詰め物を、薬の瓶にきっちり戻しておかないといけないと思っている人がいるんですよね」
薬瓶に入っているビニールは購入後、取り出さないといけません。
「分からないとそうなるんだろうな。
お前クリーニングされた服のビニールカバーは、ちゃんと外してるか?」
「クリーニング??
イチイさんそういうの、自分でもやってるんすか?」
「馬鹿にした言い方してくんじゃねぇよ。
ホントはこれ、患者さんに聞いた話なんだけどさ」
クリーニング後に洋服に被せてあるビニールカバーは、輸送や保管をしている時に汚さないようにするためのものです。
家でもカバーをしたまま保管をしていると、カビが発生したり、衣類が黄ばんで変色したりしてしまうのですぐ取り外しましょう。
不織布のカバーや防虫効果のあるカバーは、取り外さなくても大丈夫です。
「へぇそうなんだ。
薬の瓶の詰め物も捨てるよう、説明書に書いてあったりするんですけど…
それを読まず、大事に瓶にしまってしまう人が多いんですよね」
錠剤が入っている薬瓶には隙間があるので、錠剤が動かないように緩衝材を入れてあります。
緩衝材がないと輸送中に錠剤が揺れ、瓶に当たり割れてしまう可能性があるのです。
ビニールの詰め物はあくまで緩衝材として入れているので、再び瓶に戻すと湿気が入り薬の品質が変わってしまいます。
ビニールには湿気が溜まりやすく、さらに静電気でビニールについたホコリや菌など異物が付着し、入ってしまう可能性がある。
それに錠剤がビニールに引っ掛かってこぼれてしまったりと、面倒なことになる場合もあります。
「豆腐と一緒だな」
「豆腐?」
「何にも知らねぇ奴だなぁ。
豆腐のパックに、水が目一杯入ってんのと一緒」
「水?豆腐を食べようとする時に、パックから勢い良く吹き出してくるあの水?」
「あの水は、柔らかい絹豆腐の形を守るために入ってんだよ。
水がないとちょっとの衝撃で、形が崩れるだろ?」
錠剤が砕けないように、ビニールの緩衝材を入れているのと同じ。
容器のパックに水を入れておく事で、豆腐にかかる圧力を均一にし、形が崩れないようにしているのです。
「何だか俺が勉強になっちゃいました」
「毎日精進しろよ」
「…その豆腐の話も、患者さんに聞いたんですよね?」
「勘が冴えてんじゃん。
患者さんに勉強させられる事って、薬剤師としてもだけど、ホント多いよな」
「ですね。
今度薬瓶の緩衝材の話を患者さんに伝えるため、豆腐パックの水の話とかを交えて世間話ついでに、気軽に話していきたい思います」