パティスリーマルズでお手伝いをしている、りーちゃんとどんぐりさん。
二人は一生懸命、大きな荷物を運んでいます。
深い深い森の奥…
「どんぐりさん、この辺でいいかなぁ」
りーちゃんたちは持っていた荷物を広げ、何やら準備をし始めました。
「よいしょっよいしょっ!うふふ」
何だかんだとっても楽しそう。
近くにあった大きな切り株には、カバンの中から取り出したテーブルクロスをひきます。
芝生の上には、ふかふかのクッションを。
「うん、いい感じ!」
次にりーちゃんが、カバンの中から取り出したものそれは。
「ビスケットにドロップにウエハース。
それからマシュマロにグミでしょ。
あと生クリーム、粉砂糖…
そうそう、一番大事なチョコレート!」
クラッとするような甘ーい香り。
見ているだけで気分が高揚するような、様々な種類のおかしが並べられていきます。
甘いものが好きな人たちにとっては、元気になるおくすりです。
「ふんふんふーん♪」
りーちゃんの鼻歌が聞こえてきました。
聞いているだけでした、こちらまで楽しくなってしまうような鼻歌。
「どんぐりさん、そろそろ作ろうか?」
その頃、りーちゃんの近くで偶然、森林浴をしていたもち三さん。
セルフメディケーションに取り組んでいる村長は、心身を癒す効果のある様々なセラピーを、住民に推奨しています。
もち三さんはその中で森林浴を選択しリラックスするため、森の中をお散歩していたのでした。
「この辺で食べようかな?」
一日に何度もお腹がすき、そのたびにもち三さんは、ちょこちょこと間食をしてしまうタイプです。
今日も森林浴中に食べようと、ポ村の名物“梅干し”が入ったおにぎりを持ってきていました。
大きな木の根っこに座り込み、カバンの中にあるおにぎりをガサゴソと探す。
「あれ?ない…あれあれ?」
カバンの中をひっくり返しても、おにぎりは入っていません。
どうやらカバンに入れ忘れてしまったようです。
“食べられない”
そう思った途端、不安になってしまいます。
“お腹が物凄く減ってしまったら、どうしよう”
ちょっとの時間ご飯を食べられなくても、死ぬわけじゃないのに…
ましてや空腹を感じると気持ち悪くなる等、具合が悪くなるタイプでもない…
それなのに“食べれない”そう思うと、不安で仕方がなくなってしまうのです。
健康診断前はいつも
“4時間前から水以外、絶食してください”
という指示をされる。
4時間…
“4時間食べられない”
そう言われてしまうと不安になり、ギリギリまで何か食べてしまいたくなります。
“どうしよう、おにぎり…
もう家に帰ろうかな”
もち三さんはリラックスする所では、なくなってしまいました。
“アンパンマン”
不意に子どもたちのヒーローの存在を、思い出しました。
困っている人を助けるために自らの頭を差し出して、食べさせてあげるという風変わりなヒーロー。
大人になった今でもどこかで彼を求めている。
ホントは自分だってアンパンマンのように、困っている人を助けてあげる側になりたいのに、いつまでたっても助けて貰う側の人。
「む…?」
“甘い香りがする”
アンパンマンも、パンのいい香りがするのだろうか?
フラフラと甘い匂いがする方へ、歩き出しているもち三さん。
歩いていった先にあったのは、木の看板。
そこには幼い文字で
“おかしの家専門店”
と書かれていました。
「おかしの家?専門?」
近くの木には不自然な赤い実がなっていました。
「これ…おかし?りんご飴かな?」
そのまま甘い香りがする、森の奥のほうへ進んで行きます。
“おかしの家”
昔読んだ童話を思い出す。
あの話に“おかしの家”が出てこなかったら、とても可哀相な兄妹の話。
でも主人公たちの前に“おかしの家”が現れた途端、一気に物語に引き込まれたのを覚えている。
おかしの家には、それだけ人を惹きつける効果があるのだと思います。
空腹時に突然、目の前に現れたおかしの家。
どんなに心惹かれるだろう…
魔女に食べられるなんて真っ平だけど、おかしの家には憧れました。
この甘い香りを辿ると、おかしの家が現れるのだろうか?
それはどんな素敵な光景なのだろう…
幼い頃の夢、それが今目の前に?
「あー、やっと来た!コホン。
お客様いらっしゃいませ」
幼く可愛らしい声が聞こえる。
声の主の方を見てみると、小さな子どもがにこにこと嬉しそうにこちらを見ていました。
(この子がおかしの家を?)
「おかしの家専門店にようこそ」
子どもの目の前に並んでいるのは、童話の中に出て来るおかしの家に比べたら、だいぶミニチュアです。
頑張れば数日で食べ切れそうな、可愛らしいおかしの家。
出来合いのクッキーやらドロップを重ねたり、貼り付けたりと色々組み合わされて作られた、プラモデルのようなおかしの家。
プロのパティシエのような美しさはないけれど、楽しく作ったのだろう。
それが伝わってきます。
甘いものは脳の疲れを癒す。
リラックス効果がある。
昔よくいわれていた事は、最近になって誤りだ、なんだと色々言われています。
でも色とりどりのお菓子を見ていると、ワクワクして心が弾むのは事実です。
「お客様。お好みのものはございますか?」
「うん、そうだね。
全部おいしそうだね」
小さな子どもは嬉しそうにニコリと微笑みます。
「じゃあ、これにしようかな?」
幼い頃に夢見ていたおかしの家を、買えるような大人になったんだな…
「もっとカスタマイズしますか?
マシュマロつけます?」
おかしの家には魔女ではなく、可愛らしいパティシエがいた。
「そうだね、このピンクのマシュマロ足して貰おうかな?」
「はい、おまち下さい」
「おいくらかな?」
「えっ?ああ、お代はけっこうです」
「へ?」
「こちらで食べていかれます?」
「お代はけっこうって…」
「ぼく、パティシエとしてまだシロウトですから。
普段はパティスリーマルズで働いているので、よかったらお越し下さい」
意外と商売上手なパティシエの卵さん?
「じゃあ、今度買いに行きますね」
「はい!お待ちしてます」
もち三さんは、森の奥で“もったいないな”と思いながら、おかしの家をかじります。
何だか不思議な一日。
でも思いもかけず、森林浴以上の癒やしを得られたようです。
「明日もお仕事がんばろう」