マメチュー先生の調剤薬局

マメチュー先生の調剤薬局

ねずみの薬剤師、マメチュー先生の日常と、調剤薬局でのお仕事を薬の知識も交えながらほのぼのと描いています。猫好き、猫飼いの管理人の飼い猫エピソードも時々登場します。

ポ村の夕暮れ その1

逢魔が時…。

それは昼から夜に変わる夕暮れ時の事。


まだ辺りに街灯が灯る気配は無い。


すでに薄暗く、人の見わけがつかなくなってくる。


知り合いだったら顔が見えなくても歩き方だけで…いや足音だけでも分かる。
でも…



いつも歩いているいつもの道なのに、いつもは感じないそこはかとない恐怖…

心が吞まれそうになる。



見覚えのないシルエット。


誰なの?


大きな災いをもたらす魔物だろうか…


普段とは違う不穏な空気。



こんな雰囲気の時、ポ村では免疫力が下がり、ウイルスに取りつかれてしまいやすい状態になる。



身体にダメージを与えるウイルスだけではなく、心にもダメージを与えるウイルスがポ村には存在する。



人に紛れ、人の目を盗むように忍び込んでくる、それをポ村ではカゲという。


もし病に冒されていても心が健康であれば、回復も早いかもしれない。



いつもは村を通り過ぎるだけのカゲ。


普段ならカゲが通過している時は、家に籠もっていればだいたいはやり過ごせる。



それなのにカゲが変異したのだろうか?


そのカゲが村をフラフラとウロついている。


何をするつもりなのだろう。



そこをパタパタと通りがかったミツバチたち。


「ソロソロてんまチャンの所に帰ロウ」

「ウン、帰ロウ」

「ネェ、アレ」

「…………」

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てんまは一人、三すくみの店に向かっていた。


モアッとした湿気を含んだ夕暮れ。

肌寒さは無い。


それなのにヒュ~っと、吐息を漏らしたかのような、冷たい風が一瞬ポ村をよぎる。


てんまは微動だにせず、少しだけ辺りを見回す。

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小料理屋三すくみでは、現在開店準備中。



多少脳天気な料理長、スネ文。


穏やかな性格で調理補佐・接客を担当するフロ次。


かなり不安症な接客担当ナメ江。


この三人で切り盛りしているお店。

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今日は三すくみの新メニュー発表会。


いつもより皆、張り切っていた。


「オ客様ニ喜ンデ頂ケルカシラ?」


やる気、元気、三すくみ。


そんな三人がお店の外を掃除中に、背筋がゾワッとするような冷たい風が吹く。

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三人とも飛び上がるくらいに驚き、何事かと辺りを見回す。


一緒になって驚いていたくせに、すでにのん気顔をしてスネ文はたのしげに呟く。


「怖イ何者カガ、通ッタノカナ?」


「エェッ?!」


「ココニ霊道トカガ、アルノカモシレナイヨ」


「嫌ダワ、変ナコト言ワナイデ!」


「スネさん、ナメさん、ソロソロオ店ニ入ロウカ」



先程まで楽しげに準備していたナメ江は、オドオドしながらフロ次に店内の方へ促される。


HSP:ハイリー・センシティブ・パーソン
動揺しがちで、人一倍繊細。


ナメ江はHSP傾向の性格をしている。


HSPとはとても高い感覚処理や、感受性を持つ人たちの事。


これは病気ではなく気質であって、日本人の4人に1人はHSPの傾向があると言われている。



そういうタイプのナメ江は、普段から些細な事が気になってしまう。


その為いつもなら先程のスネ文の余計な一言が、頭からなかなか離れなかったりするのだが、今日は様子が違っていた。


「楽シミネ~、早ク皆サン来ナイカシラ?」


今日はいつもお世話になっているお客たちに会え、賑やかになるのがとても嬉しいらしい。



【三すくみ新メニュー】
北京ダック風生春巻き


三すくみの人々は元々、生春巻きが好きで北京ダックも大好き。


でもそれなりに高級な中国料理店でないと北京ダックは置いていないし、値段も高く量も少ない。


三人は北京ダックを食べるたびに物足りなく思い、もっとたくさん食べたいと常々感じていた。



「アタシネ、北京ダックノ何ガ好キナノカ考テミタノ」


ナメ江の話によると、甜麺醤の味と肉と白髪ネギの組み合わせが最高に好きなのだという。


包む皮の部分と肉の部分は、他のモノを代用しても十分美味しいと考えたらしい。



新メニュー“北京ダック風生春巻き”
は甜麺醤と蜂蜜で作ったソースと白髪ネギ、ひき肉、きゅうりを生春巻きで包んだものだった。


本物の北京ダックに比べれば、だいぶ格安である。


北京ダックを食べているときに、肉が咬みきれなくて全部ドロッと具が出て来てしまい、皮ときゅうりだけが残るのが気になっていたので、そうならないようそして値段もお手頃なひき肉を入れることにしたのだ。



でもひき肉にしても上手く食べないと、肉がボロボロこぼれ落ちてしまう。


量はしっかり調節しないと。


「マユさん、キュウリハ嫌ッテ言ウカシラ?」


ナメ江は偏食家番長である、まゆのことを気にする。


「マユさん二出ス時ハ、調節シヨウカ?」




てんまは小料理屋三すくみの目の前まで来ていた。


“オ料理二使ウ蜂蜜ガ足リナクナリソウナノ”

とナメ江に新メニューに使う蜂蜜を、追加発注されていたので届けに来たのだ。


てんまは薬剤師でもあり養蜂家でもある。


「もうみんな来てるかな?」


三すくみの店内を窓から覗き込む。


するとポ村では見かけたことのない、知らない客が一人で来ていた。


そして客はまだ、他にはいないようだった。



てんまは何となく店に入れず、店の外に座り込んでしまう。


「まゆちゃん、まだ来ないのかな…」



あたし、蜂蜜届けなくちゃいけないのに…


こんな所で一人蹲って、何してるんだろう…


続きます。