こんにちは、薬剤師のオウギと申します。
うちのエリマネのイチイさんは、私が働いている調剤薬局の息子さん。
ダメ薬剤師にはとても厳しいお方。
一緒に働いている時は、いつもよりピリッとしてしまいます。
そして今現在もピリッとしています。
今日は学生時代の先輩に誘われて飲みに来ているのですが、この方がとてもキレやすい。
飲み屋の店員さんにも、容赦なくキレます。
(また始まっちゃったな)
と思いつつも、毎回何もフォローが出来ない自分がいます。
情けないです…
そんな先輩なのですが、実は奥様の事はとても大事にしているのです。
今日は飲みのついでに、奥様の事で相談したい事があるとのこと。
話を聞くと奥様がここ最近ずっと体調が優れないらしく、心配なのだそう…
「はぁ~。うちの嫁さぁ。
2ヶ月近くさぁ。
咳と熱が続いていて、凄くツラそうなんだよ」
「処方された薬を飲んでもさ。
ほとんど効いてない…
というより、合ってないんじゃないかと思う。
飲んでも吐いちゃうし。
飯も食えない状態で…」
「咳・熱って言ったら結核とかじゃねぇのかなぁ?
違うんならいいんだけどさ。
結核って人にうつしたら大変だろう?
死ぬ可能性…あるだろう?」
「……………」
「俺万が一“結核に気付かなかった”なんて医者に言われたら、文句言いに病院に乗り込んでやる」
結核…
咳・熱が主訴の病はたくさんあります。
その為、ほかの疾患との鑑別は、かなり難しいとされています。
とはいえ2ヶ月もの間、奥様の咳・熱の原因が不明のまま…
先輩もツラいと思います。
先輩と会うと、本人は自覚していないかもしれないけれど、いつも奥様とのほのぼのとしたノロケ話を聞かせてくれます。
それなのに今日は…
「本人には言えないけど俺、毎日不安で。
アイツも毎日ツラそうで。
毎日顔赤いし、どんどん痩せていくし。
ホントに…
ホントにこのまま死んじゃったら…」
いっつもカリカリしているあの先輩が、奥様の事ではこんなに弱々しくなるなんて…
患者さんの前では、きっちり仕事をしているつもりでしたが…
ついつい出てしまう“心ここにあらず”の作り笑い。
やば…
視線感じる。。。
“上の空で仕事をしてしまっている事が、イチイさんに気付かれているっ!”
ゴミクソダメ薬剤師に対して厳しいイチイさん。
(これは確実に説教だぁ)
叱られる覚悟は決めしていました。
(昼休憩の時かな)
あれ?何も言いに来ないな…
もう閉店ですよ?イチイさん。
帰っちゃいますよ?ボク…
“すげぇじゃん。
よそ見しながら仕事出来るようになったんだな~”
って感じに声をかけて貰ったらそのタイミングで、先輩の話を聞いて貰おうと思ってたんだけど。
オウギさんは思い切って、自分からイチイさんの前に立つ。
イチイさんはオウギさんを見ることなく、ボソッと呟く。
「仕事に支障が出るくらいボヘッとすんなら、さっさと話せ。聞いてやるから。
5秒だけだけど」
「5秒?!
5分でお願いします」
「図々しいな。
ゴミクソダメ薬剤師のくせに?じゃあ、巻き目でな~」
「ふうん。
結核かもしれない、か…
で?薬は何飲んでるか聞いた?」
「あ、はい。
一応薬の写真、見せて貰いました」
レボフロキサシン
なぜ素人の先輩が結核の可能性を疑ったのに、医師は結核の可能性を考えず、レボフロキサシンを処方したのか。
レボフロキサシンは結核に、一定の効果がある抗生物質です。
その為、服用していると結核の診断がつきづらくなってしまうので、結核の可能性がある場合は、処方されない薬のはずなのです。
その後、先輩の奥様は薬を他の抗生物質に変更してから、検査して貰ったそうです。
そしてようやく“結核”と診断されたとのこと。
その診断名を聞いた先輩は、ホントに病院に乗り込んでしまったそうです。
一応イチイさんに事の経緯をご報告。
「粟粒結核だったらしくて」
「結核の中でも重篤な病態のヤツだな」
「そうなんです。
なのでようやくですが、適切な治療が受けられてよかったです」
結核は世界ではまだ感染者・死者が多い病気です。
その後安心した声の先輩から、電話がありました。
「マジで危ない所だったよ。嫁さんの職場の人にも迷惑かけたし」
当時ポいもを含め、同じ職場にいた数十名が、保健所に検査に行くことになりました。
先輩の奥様は結核で入院してから三ヶ月後、無事退院しました。